プノンペンに到着、キリング・フィールドへ
朝6時にトゥクトゥクでシェムリアップ空港に向かう。カンボジアの人はみな早起きだ。
プノンペンに到着
2009年5月9日朝9時にプノンペンに着くと、オーナーのヒイさんが迎えに来てくれた。後で知ったが、孤児院ではなく、託児所とのこと。違いも分からない。
そして、今日は土曜日。だから託児所には子供はいない。これも失敗の1つだ。平日に来るべきだったが曜日感覚がなかった。
しかし、今日は休日にも関わらず、日本からお菓子が届く特別な日ということで、噂が噂を呼び、お昼から子供達がスタンバイしてるそうだ。
今は託児所には45人の子供がいる。基本的に6歳までとしているそうだが、卒業しても学校の合間に遊びに来る子もいるそうだ。遊ぶ場所がないのだ。
だから卒業生も入れると100人ぐらいの子供がいる。そう、今日は100人の子供が待っているのだ。僕を待っているのではない。きっと、お菓子を待っているのだ。こっちでは米を食べるのが精一杯。甘いお菓子なんか食べられない。
ポル・ポトが大量虐殺をしたキリング・フィールド
市場にお菓子を買う前に、ポルポト率いるクメール・ルージュが大量虐殺をしたキリング・フィールドに行った。
ポルポトによってたくさんの人が殺された場所。観光スポットだが人は少ない。
子供が子供を殺し、ピストルがもったいないと、木にぶつけたり、ハンマーで頭を叩き、人を殺しまくった場所。あちこちに穴みたいな跡があり、そこには大量の死体があったそうな。今は、パッと見はのどかな野原だが、慰霊塔には骸骨が並んでいる。
ヒイさんはポルポト時代をカンボジアで過ごし、その後、日本に住んでいた。3年前からプノンペンに住んでいる。
ポルポトは昔は悪い人だと思っていたが、今ではいい人だったと思う、とヒイさんは言っていた。すごい不思議。周りの人もたくさん殺されただろうに、なぜそう思うのだろうか?
彼女いわく、なぜポルポトが大量に人を殺したが分からないが、みんなから奪った金品もしっかり管理していた。盗んでいたのはベトナム人。何か意図があったんだと思う、と。
これは情報操作なのかなんなのか全く分からないが、興味深い。
そういう風に考えている人が増えてきてるのか?と聞くと、年配の人にはこういう意見が増えてきてるらしい。確かにベトナムとカンボジアには壁を感じる。人はどちらもいい人だけど、なんか違う。戦争のせいだろうか。日本と中国みたいな感じなのかも。