その後、プノンペンの託児所へ移動。ここは孤児院ではなく託児所なので、子供たちには親がいる。しかし、遊ぶ場所はない。勉強するのもお金がかかる。
この施設は、子供たちにスペースを提供して、ボランティアで勉強を教える学校なのだ。
託児所に入ると、そこには待ち構えた子供達がいた。
お菓子を待っていた子供たちが集まってくる。
ボクはここに来たのは完全に冷やかしだ。お菓子をばら撒き、写真を撮る。どう思われているのだろう。
そんなことを考えながら、お菓子を並べる。
ボランティアにはネガティブなイメージがある。
里親になるために、顔を見て子供を選ぶことなんかできない。しかし、ここに来て、この状況を前にすると、何かしてあげたくなった。
嬉しそうな子供たち。
お菓子をもらってみんなご機嫌。
子供たちはここではあまりお菓子を食べない。家に帰って家族と食べるのだ。お菓子は贅沢品。
両手を合わせて、ありがとう。と言う子供がカワイイ。ヨシ写真を撮ってくれ。という子もいる。
そんな感じでしばらくワイワイやった後、みんなは帰っていった。
家族へのお土産を持って。
お母さんが迎えに来て、一緒に帰る最後の子供
託児所には食堂を建設中
ヒイさんが15年前に100万で買った土地は気づけば20倍ぐらいになってたそうだ。
だから、要らない土地は安く譲って、残った土地に300万で託児所を作った。
プノンペンの外れのこの土地では、人々の生活はかなり厳しい。3畳ぐらいのスペースに4人ぐらい住んでいるケースが多く、シャワーもトイレももちろんない。
下水の川の上に住んでいるのだ。生ごみの異臭が漂う。たまに子供が流れて亡くなってしまうらしい。
ヒイさんは子供達からお金は取っていない。単に広い場所を提供してるだけ。公園のようなものだ。古い滑り台や砂場には近所の子が勝手に入って遊んでいる。
子供達に勉強を教える先生が3人いる。先生の給与が3人で年間30万。このお金だけはなんとかしないと施設を維持できない。空き部屋は学生に安く貸してる。その代わり、託児所の手伝いをしてもらっている。
今までは政府機関のボランティア団体の日本国際救援行動委員会(JIRAC)が金銭的な援助してくれてた。しかし、その援助は2010年に終わるそうだ。あと1年。
いろいろ考えさせられる1日だった。ボランティアって一体何なんだろう。
自己犠牲の上に成り立っているボランティア活動には継続性がなくて、自己満足と思う気持ちは今でもある。もちろんそれが悪いことではないが、経済的な心配がゼロになるまでは僕はそれを選択できない。
しかし、子供たちの喜ぶ顔が頭から離れない。






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