カンボジア旅行はSTWツアーで行くことにした。ベトナムとカンボジアの2カ国6泊7日で7万円ぐらい。カンボジアはアンコールワットがあるシェムリアップが旅行の目的地。
一緒にポッドキャストをしている山下さんのお母さんはカンボジアでボランティアをしている。前々からその話は聞いていたので、この機会にその孤児院に訪れてみようと思った。 山下さんに相談したところ、彼のお母さんも是非現実を見て来いと言っていたと聞いて、ボクは即決した。
プノンペン孤児院に行く5つのミッション
- 子供たちにお菓子を買う
- 孤児院に建設中の食堂の写真を撮る
- 子供で個人写真がない子の写真を撮る(里親用)
- 現地で作っているフェアトレードのサンプルを持っていく
- 現地で作ったフェアトレード商品を日本に持って帰る
時間がなく、適当に安いツアーに申し込んじゃったから日程に問題があった。 孤児院があるのは首都のプノンペン。僕が行くのはアンコールワットがあるシュリムアップ。
アンコールワットがあるシェムリアップから首都プノンペンへは長距離バスで5時間かかる。 昔はひどい道で、50cmぐらい飛び跳ねたりするものだから、一睡もできず大変な移動だったようだ。 友人いわく、しゃべってたら舌を噛みます。とのこと。 たぶん、8年ぐらい前かな。ネットで検索すると、当時の大変な様子がたくさん出てくる。
今では道路も整備されて、かなりよくなってる。だから5時間でいける。しかし、短い旅行なので時間は貴重。今回は日帰りで飛行機で行くことにした。片道1時間弱で1万円ぐらい。
この往復移動費の2万円も寄付したほうが絶対いいと思いながら、自分で見てみたくてプノンペンへ行った。
朝6時にトゥクトゥクでシェムリアップ空港に向かう。カンボジアの人はみな早起きだ。
プノンペンに到着
2009年5月9日朝9時にプノンペンに着くと、オーナーのヒイさんが迎えに来てくれた。後で知ったが、孤児院ではなく、託児所とのこと。違いも分からない。 そして、今日は土曜日。だから託児所には子供はいない。これも失敗の1つだ。平日に来るべきだったが曜日感覚がなかった。 しかし、今日は休日にも関わらず、日本からお菓子が届く特別な日ということで、噂が噂を呼び、お昼から子供達がスタンバイしてるそうだ。
今は託児所には45人の子供がいる。基本的に6歳までとしているそうだが、卒業しても学校の合間に遊びに来る子もいるそうだ。遊ぶ場所がないのだ。 だから卒業生も入れると100人ぐらいの子供がいる。そう、今日は100人の子供が待っているのだ。僕を待っているのではない。きっと、お菓子を待っているのだ。こっちでは米を食べるのが精一杯。甘いお菓子なんか食べられない。
ポル・ポトが大量虐殺をしたキリング・フィールド
市場にお菓子を買う前に、ポルポト支配下のときに大量虐殺があったキリング・フィールドに行った。
ポルポトによってたくさんの人が殺された場所。観光スポットだが人は少ない。 ヒイさんはポルポト時代をカンボジアで過ごし、その後、日本に住んでいた。3年前からプノンペンに住んでいる。
ポルポトは昔は悪い人だと思っていたが、今ではいい人だったと思う、とヒイさんは言っていた。すごい不思議。周りの人もたくさん殺されただろうに、なぜそう思うのだろうか?
彼女いわく、なぜポルポトが大量に人を殺したが分からないが、みんなから奪った金品もしっかり管理していた。盗んでいたのはベトナム人。何か意図があったんだと思う、と。
これは情報操作なのかなんなのか全く分からないが、興味深い。 そういう風に考えている人が増えてきてるのか?と聞くと、年配の人にはこういう意見が増えてきてるらしい。確かにベトナムとカンボジアには壁を感じる。人はどちらもいい人だけど、なんか違う。戦争のせいだろうか。日本と中国みたいな感じなのかも。
プノンペンの市場でお菓子を買う
キリング・フィールドの後に、子供達にお菓子を買うために市場に行った。お菓子屋のオヤジもご機嫌だった。これって金をばら撒いてるように見えるのかな。とちょっと複雑な気持ち。
100円相当のお菓子を100人分買って、分けるために、100枚のビニール袋も買った。物価は日本の1/7ぐらいかな。みんなでお菓子を検討中。
大人買いも複雑な気持ちになる。
荷物を車に積み込む。ダンボール6、7つ分だった。無理やり車に詰め込む。
ほんで、市場でご飯。1人約1ドル。なかなかうまい。食後に、ヒイさんの家で少し休憩。
ちなみに、このミシンでカンボジアでいろいろと作ろうとしてるらしい。流行のフェアトレードだ。
ヒイさんの家のミッキー。ちょっと驚かしたら嫌われた。めちゃめちゃ吠えられた。
プノンペン託児所
その後、託児所へ移動。ここは孤児院ではなく託児所なので、子供たちには親がいる。しかし、遊ぶ場所はない。勉強するのもお金がかかる。この施設は、子供たちにスペースを提供して、ボランティアで勉強を教える学校なのだ。
託児所に入ると、そこには待ち構えた子供達がいた。
お菓子を待っていた子供たちが集まってくる。
ボクはここに来たのは完全に冷やかしだ。お菓子をばら撒き、写真を撮る。どう思われているのだろう。そんなことを考えながら、お菓子を並べる。
ボランティアにはネガティブなイメージがある。里親になるために、顔を見て子供を選ぶことなんかできない。しかし、ここに来て、この状況を前にすると、何かしてあげたくなった。
嬉しそうな子供たち。子供たちはここではあまりお菓子を食べない。家に帰って家族と食べるのだ。お菓子は贅沢品。
お菓子をもらってみんなご機嫌。
両手を合わせて、ありがとう。と言う子供がカワイイ。ヨシ写真を撮ってくれ。という子もいる。 そんな感じでしばらくワイワイやった後、みんなは帰っていった。
家族へのお土産を持って。
お母さんが迎えに来て、一緒に帰る最後の子供
託児所には食堂を建設中
ヒイさんが15年前に100万で買った土地は気づけば20倍ぐらいになってたそうだ。 だから、要らない土地は安く譲って、残った土地に300万で託児所を作った。
プノンペンの外れのこの土地では、人々の生活はかなり厳しい。3畳ぐらいのスペースに4人ぐらい住んでいるケースが多く、シャワーもトイレももちろんない。 下水の川の上に住んでいるのだ。生ごみの異臭が漂う。たまに子供が流れて亡くなってしまうらしい。
ヒイさんは子供達からお金は取っていない。単に広い場所を提供してるだけ。公園のようなものだ。古い滑り台や砂場には近所の子が勝手に入って遊んでいる。
子供達に勉強を教える先生が3人いる。先生の給与が3人で年間30万。このお金だけはなんとかしないと施設を維持できない。空き部屋は学生に安く貸してる。その代わり、託児所の手伝いをしてもらっている。 今までは政府機関のボランティア団体の日本国際救援行動委員会(JIRAC)が金銭的な援助してくれてた。しかし、その援助は2010年に終わるそうだ。あと1年。
いろいろ考えさせられる1日だった。ボランティアって一体何なんだろう。 自己犠牲の上に成り立っているボランティア活動には継続性がなくて、自己満足と思う気持ちは今でもある。もちろんそれが悪いことではないが、経済的な心配がゼロになるまでは僕はそれを選択できない。
しかし、子供たちの喜ぶ顔が頭から離れない。






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